立命館大学人間科学研究科の「社会の中の人間科学」という授業にひとコマ呼んでいただきました。

先生からの内容オーダーとしては、

自己紹介、猫を中心にしたこれまでの人生、大学院時代、修論、終了後の動きと、社会的企業にいたるまで、ずっと好きなことを追及してきて今があるという話。それから、猫の仕事の具体例、社会の中の人間科学を意識して。最後にM1へのメッセージ、院生時代の過ごし方や修論作成のアドバイスなどで!

ということでした。

動物が大好きだった子ども時代。

捨て猫スポットの公園が目の前にある中学に通いだしたことをきっかけに、猫の保護、里親探し活動を始めました。

15年前の当時は猫の年間殺処分数は26万頭以上。

「猫を殺さなくていい社会にしたい」

と強く思いました。

ボランティアで通っていた動物保護団体で、出会った虐待された動物たち。

動物虐待をする人を憎んだ時期に、母の活動の中で出会った友達は親から酷い虐待を受けた経験のる子どもでした。そして当時可愛がっていた飼い始めたウサギを殺してしまったことを知りました。

絶対悪だと思っていた顔を知らない「動物虐待をする人」は、

顔を知っている友達で、加害者である一方で、深刻な被害者でもあることを知りました。

そこから、誰かを罰するとか、責める、排除することではなくて、

暴力や負の連鎖を止めるすべを考えたいと強く思うようになりました。

「猫を殺さなくていい社会にしたい」

そのためには、まずは個人の心理の理解が必要だと思いました。

なので、大学に進むときの専攻は心理学に決めました。

そして、個人の心理だけではなく、

社会システムや福祉についての理解がもっと必要だと思いました。

大学院に進むときは、心理学だけでなく福祉や社会病理学など諸科学の連携と融合を考え、新しい対人援助学を創造することをテーマとしている

立命館大学応用人間科学対人援助学領域に進むことに決めました。

日中は現場で地域猫活動や大学猫活動の実践を行い、

夜は大学院で座学。

その繰り返しの2年間が私の中で、社会問題に立ち向かう力をつけてくれたと思います。

そして、社会に出てから

公益財団法人で猫の殺処分を予防するためのTNR活動の実施、広報、支援、の仕事に従事し、働きながら学ばせてもらう貴重な2年間を経て、

社会の中に解決策が見えていない多頭飼育崩壊問題に行政や福祉機関と連携しながら取り組むために、

「人もねこも一緒に支援プロジェクト」を立ち上げました。

そして、

TNRや地域猫活動という解決策が見えてきているノラ猫問題に対して、

取り組みたいと思う人たちをサポートするための会社として

この「ねこから目線。~猫専門のお手伝い屋さん~」

を立ち上げました。

中学生の頃から言っていることもやっていることも大して変わっていません。笑

 
最近、「自分も将来起業したい」「自分も保護活動を仕事にしたい」から話を聞かせてほしい。という話を時々いただきます。

でも、私が取り組んでいるNPOのプロジェクトも、ねこから目線。も、

「猫を殺さなくていい社会にしたい」

という思いのまま、自分の目の前に現れた問題に対応するために必要に迫られ、”手段”として作ったものです。

福祉機関が関わるケースへの介入は個人ではなくNPO法人である必要がありました。

TNRや保護猫活動を最大限に実施するためには自分のお金で隙間時間にやるのではなく、自分の労働力を多くの人たちに活用してもらう仕組みとしての会社が必要でした。

手段が目的化してしまうと、保護猫活動を仕事として継続していくために、保護やTNRされるべき対象のノラ猫を生産し続ける社会システムを維持しないといけないという皮肉が生まれ、本来すべき予防的取り組みから目を背けたり、手を抜いたりしてしまうことがあります。

例えば、動物園は種の保存という名目で希少動物の繁殖と展示に取り組んでいますが、並行して取り組むべきその種が生息する本来の環境の保全や回復に全力で取り組んでいるところをあまり知りません。希少動物を展示して集客をあげることや、繁殖に成功するかどうか、ということが目的になってしまっていないだろうか?と思ったりします。繁殖が上手くいったところで、戻すべき自然環境が無くなってしまっては本末転倒です。

「ねこから目線。~猫専門のお手伝い屋さん~」の将来も目標は、需要がなくなって、安心して廃業することです。

ノラ猫の総数と殺処分数がこのまま減っていき、動物愛護に関心のあるボランティアさんが増えていく現状が続いていけば、そう遠くない将来に廃業できると思っています。

なんだかとっても長いブログになってしまいましたが、

そんな感じで自分の考え方や活動スタイルについて、好き勝手お話させていただきました。